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或る一族の滅亡

大航海時代オンラインにおける「国」は、ゲームの仕様上設定されているものであり、現実の国家とは異なるものである。しかし、歴史上の国やその他勢力の盛衰の中には、示唆に富んだ事件もあり組織運営の参考にもなることがある。 一例として、武田家の滅亡をここで紹介する。

 

御館の乱

武田信玄の没後、武田勝頼は上杉謙信および北条氏政と同盟し、織田信長と敵対していた。
上杉謙信が病死すると、その後継者の座を巡って上杉景勝(謙信の甥)と上杉景虎(旧名・北条氏秀)の間で争いが勃発した。これが御館の乱である。
この御館の乱は武田家滅亡への分岐点の一つと見られている。
武田家は当初、北条氏の要請から景虎を支援していたが、北条氏の援軍の遅れや家康の侵攻によって兵を引かなければならなくなった。このため、勝頼は景勝と和議を結んで撤退してしまい、「景虎を見殺しにした」と見なされたことで北条氏との関係は悪化することになる。

 

高天神城の戦い

高天神城は駿河・遠江の国境近くにある城で、武田・徳川両氏による激しい争奪戦が行われた。
勝頼は一度は高天神城を奪取したものの、長篠の戦いの後で家康が奪回のために攻め寄せた際に援軍を送れなかった。結果として高天神城の家臣は玉砕してしまう。
そして、この敗北は多くの派閥で形成される武田家家臣に不信感を広めることとなった。
これが後になって相次ぐ将兵の離反に繋がり、武田家は滅亡してしまう。

 

考察

自分では利益を追求していても、それが他に悪影響を及ぼせば巡り巡って自身に跳ね返ってくることとなる。特に複数の利害が絡む問題は、安易な利益追求は危険である。
高天神城の戦いについては、当時は現代と異なり遠く離れた地の状況を正確に把握することが困難だったため、一度生まれた疑心暗鬼を解消することは容易ではなかったと考えられる。

大航海時代オンラインにおいても、活動地域が離れていると双方の意識のズレに気づかないことがある。例えばインドの商人がベストと思った選択が、他地域の商人や軍人、冒険者、友好国にとっての損失になることもありうる。
このような危機を回避するために、日頃のチャットへの参加は有効である。参加人数に上限はあるものの、最近は同じ地域でも複数のチャットルームが設けられているため、受け入れ可能な人数は増えている。
ゴアなど、交易品の購入場所で商人が集まる時に参加可能なルームがあるか聞いてみるとよいだろう。
また、相場・PK情報のチャットには友好国のプレイヤーを交えて二国間で情報共有する場合もある。このような機会には、お互い日頃気になっていることを質問しあっても良いだろう。
もちろん、雑談目的の参加でも何ら問題は無い。気軽に雑談できる場所だからこそ、いざという時に真面目な話もできるというものである。

 

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