#topicpath #menu(MenuBar考察) #Contents *情報の洗い出し [#t9eb9b09] 情報を入手した際にまず一番に気をつけるべきことがある。それは、情報の全体を把握することである。断片的な情報をいくら集めても、それによって判断を誤るのであれば何の意味もないことを肝に銘じておこう。~ これは論理的に物を考えるためにも必要である。~ *何が示されているのか [#b26eae6c] 公民館にある町の住人200人が集合した。成人男性70人は白い旗を持ち、女性95人は赤い旗を持っている。 旗を持っているのは全部で何人か? 165人という解答はもちろん誤りである。~ 示されている情報は、成人男性と、成人女性、未成年の女性だけであり、未成年の男性については人数は計算できるものの旗の情報が存在しない。~ このため解答する側の人間は十分な情報をもっていないため、解答不可能というのが正解である。~ *何が伏せられているのか [#z5b1d45d] 伏せられた情報を明らかにするためにはいろいろな方法がある。 例えば図に表すのもその一つである。(下図)~ &ref(matrix.jpg);~ このように図に表すと、未成年男性の旗の情報が欠落していることが一目でわかる。~ 未成年男性は旗を持っているかもしれないし、持っていないかもしれない。あるいは、旗を持っていたとしても赤や白とは限らないのである。~ 情報が欠落していることがわかった場合は、別の視点からの情報を得るなどの工夫をする必要がある。~ *文学における例 [#e8206bd5] 小説「モンテクリスト伯」の主人公エドモン・ダンテスは純朴な青年であったが、一方で人を疑うということを知らなかった。~ 彼は結婚式の当日、謀反に荷担したという濡れ衣によって逮捕され、投獄されてしまう。~ 獄中で同じ囚人のファリア司祭と知り合ったエドモンは、自分の境遇を語り、司祭の推理によって自分に罪を着せた男達がいたことを初めて知ったのであった。~ このファリア司祭がエドモン投獄の背景を解き明かす下りは、非常に面白い例である。前述のようにエドモンは他人の悪意には疎いため、エドモン自身の話から彼に罪を着せた人を直接判断することはできない。しかし、ファリア司祭は「事件のもたらした結果によって誰が得をするか」という観点から見事に犯人を洗い出すのである。~ 興味を持った人は本やDVD、あるいは演劇の鑑賞などで作品に触れることをオススメしたい。~ *身近にある練習材料 [#q9f67964] 以上のような情報の見方を練習するための材料は、普段の生活の中にいろいろと存在する。~ 例えば、スーパーや食堂にあるサービス内容についてのアンケートの項目であったり、新聞などで目にする統計調査である。~ 回答項目に過不足はないか、項目の内容が片寄っていないか、という点に注目してみると面白い。~ サービス業のアンケートで、サービス不足を問う項目を設けていても、サービス過剰を問う項目が欠けているというような事例を目にすることになるだろう。~ あるいは、選挙の際、争点になっている問題と争点から外された問題を比較したり、争点以外の問題に言及する政治家がどのようにメディアに取り上げられているかを調べるのも面白い題材である。~